ミカミ ポーラのuranaisu

ミカミポーラが福岡は城南区のSalon de uranaisuで書いています。サロンいうても美容院じゃなくて占いするところよ。

ヘンリー・ジェイムズ「ねじの回転」 ホラーの国のアリス説

「『ねじの回転』で検索してきたけど、西洋占星術って知らないからなんだかさっぱりわからなかった」という方のために、ダメもとで補足を書いてみました。大工は何を見ても釘と思い、占星術家は何を見ても星に置き換えて考えるという職業病の根の深さをご覧ください。

前回のお話:「ねじの回転」に見る土星視点の恐怖

西洋占星術と天体が象徴するもの

西洋洋占星術は太陽系の天体を事物の象徴として読む占いです。
西洋占星術で使う天体は公転周期の早い順に月、水星、金星、太陽、火星、木星土星天王星海王星冥王星と全部で10個。雑誌やテレビで取り上げられる「星占い」はこのうち太陽だけを読んだダイジェスト版なのです。*1

各天体は公転周期の早いものほど個人の私的な領域で、遅い天体ほど社会的な領域で相互に共調しあっていると考えられています。たとえばもっとも動きが早い月は、めまぐるしく変化する感情の移り変わりを象徴しているとされています。*2

この月から火星までの5つの天体は人の個性を形作る象徴として、*3火星より公転周期が遅い木星土星は社会的な影響力の象徴として読みます。

公転周期の早い順に、月は感情を、水星は知性を、金星は愛を、太陽は個性を、火星は生命力の象徴として読みます。続いて木星は発展を後押しする力や寛容さの象徴として、約30年の土星は社会的な限界や制限の象徴として読みます。*4

土星の公転周期は約30年。およそ一ヵ月で一巡する月をはじめ、月から木星までの7天体の間では最も公転周期が遅く、これらの天体は最終的に土星の影響下にあると考えられています。
これは感情的(月)に受け入れられないことであっても、社会規範(土星)には従うしかない、という社会の成り立ちも象徴しています。

月から土星への影響、そして土星から月への影響

さて、天体の影響は個人の力が社会を動かす「下からの流れ」と、世界の影響が個人に及ぶ「上からの流れ」があります。*5個人の感情が社会を動かす下からの流れの例を挙げるとこのようになります。

煙草が煙たい(感情 →月)*6
煙草の煙は人体に有害 (知性 →水星)
煙草の煙がない環境が好き (好感 →金星)
煙草を吸うのを止める (意思 →太陽)
煙草の有害さを訴える (活動 →火星)
禁煙の場を増やす (社会的支援 →木星
喫煙に罰則を科す (社会的制限 →土星

これが逆になるのが上からの流れ。社会の決まりが個人の感情に影響を及ぼすパターンです。

公共施設での喫煙が禁止される (社会的制限 →土星
企業の広告や宣伝で禁煙がイメージアップされる (資本家の支援 →木星
公共の場での禁煙を推進する運動が起きる(活動 →火星)
嫌煙が認められる (一般化 →太陽)
禁煙=善いというイメージの定着 (好ましさ →金星)
禁煙主体の思想が定着(思想 →水星)
喫煙が不愉快 (感情 →月)

ここまでお読みくださった方、お疲れ様でした。ここからは「ねじの回転」を私が占星術師としてどう読んだかというお話です。

「ねじの回転」に見られる上下の対立

先日紹介した「ねじの回転」の登場人物を天体に置き換えると上下の流れの間に対立があることがわかります。

上からの流れ

道徳の代理者としての家庭教師(土星
裕福で寛容な伯父(木星*7 *8
身分が低いのに家庭教師に岡惚れしている下男(火星)*9
身分制度を尊重している家政婦(太陽)*10
立場を超えて愛に生きる個人としての家庭教師(金星)
幼いながら自分の考えを持ち始めた甥っ子(水星)
快不快で物事を判断する幼児である姪っ子 (月)*11

下からの流れ

社会規範(土星)に逆らうものは法的な裁きに遭う。愛も理想も土星の前には無力。土星がダメっていったらダメ。
物語の中では常識の枠を超えて愛し合っていた下男と前任の家庭教師は不可解な死を遂げる。*12二人の死によって幼子たちは道徳を逸脱する者の影響から守られた。そして土星の代理者として新たな家庭教師であるヒロインがやってきた。これがヒロイン登場前の物語です。

無敵の土星を倒した星

ところがですよ。

1781年3月、ドイツの天文学者、ウィリアム・ハーシェル天王星を発見した。太陽系に土星以遠の天体が見つかったわけですね。公転周期は84年で、土星の倍以上ある。

1781年といえばフランス革命、アメリカ独立宣言、奴隷制度の廃止、蒸気機関の特許をジェームズ・ワットが取るなど天王星発見後の西洋社会では大改革が起きた。それで西洋占星術において天王星は革命、改革、ニューテクノロジーや独立の象徴と解釈されている。

木星の寛容さと火星の攻撃性は土星の法で鎮圧出来たけど、革命おこされちゃったら政府は機能しない。土星が既存の社会制度を維持しようとしても、天王星がその構造を造り替えてしまうと土星は規範を構造に合わせて再構築せざるを得ない。革命の後、貴族は土星の代理者として民衆を従えることが出来なかった。下剋上が法を変えてしまった。

土星天王星が発見されるまで西洋占星術で扱う天体の中では最強、ゆえに最恐の星でもあった。誰も土星に逆らえない。しかし天王星の登場は土星の権威を失墜させた。革命は政府を脅かす存在なのですよ。

天王星を支配星とするサインは水瓶座。支配するハウスは11ハウス。11ハウスは未来、職業を離れた自由な交友、そして学童期を指している。縦社会の縛りを離れ、上下関係なく自由に未来を形作る。それが水瓶座と11ハウスの世界。そしてそのような環境の中では土星の権威は軽んじられる。子供はルールに挑戦する。退職後の生活には人を屈服させる肩書はない。そこには「縦社会なんぼのもんじゃ!」という勢いがある。*13

無法地帯にいる幽霊

さらに1846年に公転周期168年の海王星が、1930年には冥王星が発見された。現在土星は自分より公転周期の遅い天体を三つも持っている。*14
海王星は形がなく、つかみどころのないもの、夢や幻想、オカルトの象徴、ガスや酩酊状態の象徴とされている。*15法(土星)は人の心の中や夢の中まで縛ることは出来ない。

しかし夢は人にまだ見ぬ未来を思い描かせ、やがて革命を、または革新的な進歩を起こさせる。こうして海王星の影響は天王星に及び、天王星の革命は土星の法を覆す。公転周期の遅い側から早い側へ向かう上からの流れがここにある。そしてこの海王星は幽界からの使者、幽霊の象徴でもある。

「ねじの回転」に話を戻すと、下男(火星)と前任家庭教師(金星)が肉体を持っていた間は現行の道徳(土星)で二人を裁き、子供たちから遠ざけることが出来た。でも幽霊(海王星)になっちゃったらもう法も道徳も通じない。公転周期が土星の5倍以上ある海王星土星より強いのだ。

海王星の影響が天王星に及ぶとき革命が起きる。幽霊の接触は子供たちを革命の徒に変えていく。そして天王星側に立った子供たちを、土星であるヒロインは屈服させることが出来ない。

身分制度を超えて愛し合っていた下男と前任家庭教師の幽霊 (海王星
身分制度を超えることをよしとする新しい世代=幽霊に触発されつつある子供たち(天王星
道徳規範の代理者である後任家庭教師=ヒロイン(土星

後任家庭教師であるヒロインが幽霊たちに恐れおののいているのは、彼らが自分たちを守っている規範(作中では身分制度)を軽んじていることが明らかだからだ。*16
死してなお立場を超えて大胆に交友を育む大人たちを身近で見ている子どもは、いつか身分制度や現行のマナーを軽んじるようになるだろう。とんでもない!これは単にお行儀の問題ではなく制度そのものを脅かす問題なのだ。

肉体的な接触を制限しようにも相手は幽霊だから進出鬼没で捕まえようがない。誰も人の夢を規制することは出来ない。「愛らしい天使のような子供たち」が不気味で狡猾な存在に思えてくるのも無理はない。彼らは未来の革命の志士で、ヒロインが信じる善を踏みにじり、造り替えてしまうのだ。そりゃ体制側の人間にとっては怖いよなと思う。

自分が生きている時代で自分たちを安全な囲いに守ってくれている道徳、規範、良識。これらを知らない間に覆し、やがて破壊して新たな社会規範を作っていく世代に対する潜在的な恐怖、それをこの小説は描いているのではないか。そうであればあの唐突で衝撃的なラストは、革命を止める唯一の手段と、それが私たちの未来にどんな影響を及ぼすのかと克明に描ききっているのではないか。

「ねじの回転」の面白さとは

なーんて考えるととっても面白くなってしまいましたが、まあ9割9分作者はそんなこと念頭に置いてないよね。考えているわけがない。
きっとこの小説は「不思議の国のアリス」同様、さまざまな深読みで楽しめるところが人気の秘訣なのだと思います。アリスの世界のナンセンスはナンセンスのままでも面白いんだけど、数学的に、哲学的に、物理学的にとさまざまな解釈を読んで、そこに意見を出すとまた楽しいものね。

kindle版のあとがきには「ねじの回転」についても同様の種々雑多な解釈が世界的に繰り広げられているとのこと。私も占星術的解釈が浮かんだあと、すっごく誰かと話したくなった。いいなあ、楽しそう。

ということで西洋占星術的に解釈した「ねじの回転」に見る西洋占星術師の業の深さについてのお話でした。現場からは以上です。ご清聴ありがとうございました。

心霊…まあ、心霊だけれども。

kindle

松村潔先生の「進化と創造の流れ」についてはこちら。

Twitterはこちら @uran_ice ◇

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*1:月だけを読む「宿曜占星術」という占いもある。

*2:西洋で古くから月の満ち欠けが感情に影響すると考えられてきたのは占星術の影響でもある。

*3:パーソナル天体とも呼ばれる。

*4:人物や機関に例えるなら月は幼子、また母、水星は学童期の子供、また職業人としての人、金星は若い女性(愛らしければ男性でも)、火星は若い男性、また壮年期の男女、太陽は成人、また社会的に一目置かれる人物、木星は影響力のある富裕層や懐深い宗教家で土星は政府や法の番人。好ましい位置に木星があればパトロンやスポンサーに恵まれると考え、悪い位置に土星があると警察に締め上げられたり、政府に活動を規制されると考える。

*5:松村潔先生はこれを「進化の過程」と「宇宙の創造の流れ」と呼んだ。

*6:月は肉体的な反応も表す。

*7:木星をルーラーとする射手座と魚座、また土星をルーラーとする山羊座水瓶座はともにセキスタイルとセミセキスタイルで、対立関係にない。彼の独身主義と放任主義を責める人物は作中に登場しない

*8:また彼は独身男性の象徴として登場するが、射手座は独身男性のサインでもある。「彼はハンサムで大胆で無造作で陽気で親切だった。」なんと射手座的な描写でしょう。同時に彼は身寄りのない「いたいけな子供たちにひどく同情し、出来ることはなんでもしてやった」と魚座的でもある。射手座、魚座木星をルーラーとする。

*9:赤毛だ!

*10:平常運転の太陽は戦闘態勢にある火星に席を譲る。

*11:母親を象徴する月は究極的にはお嬢ちゃま可愛さがすべてである家政婦でもある。

*12:下男の死には家政婦をして「不審な点はなかった」と主張しなければならない不審な点があった。

*13:だから水瓶座や11ハウスが強調されている人は目上の人間に目をつけられやすい。

*14:小惑星準惑星を入れるともっとあるけど、現在西洋占星術でメインに使われるのは冥王星まで。

*15:発見当時注目を浴びたジンやアヘンなど中毒性のある物質、写真や映画、オカルト、心理学などとも関連づけられている。

*16:下男は「帽子を被らず」「卑しい身分でありながら自分より身分の高い者に馴れ馴れしく」「子供たちの家庭教師でありながら卑しい男への好意を明らかにする」