ミカミ ポーラのuranaisu

ミカミポーラが福岡は城南区のSalon de uranaisuで書いています。サロンいうても美容院じゃなくて占いするところよ。

私が「ゆるせ教」信者をゆるさない理由

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仕事に煮詰まって本の整理をはじめた。何度も読んだけど「もういいかな」と思ったスピ系の本がある。著者はゆるせ教の信徒であった。
 
切羽詰まって高額なスピリチュアル商売のサロンへ行った。セッションが進むにつれ「自分は溺れて藁を掴んだんじゃないか」という疑念が高まっていたが、最後にサロンの主催者はこう言った。

「すべてを解決する言葉をこれから私が言いますから復唱してください。『私はすべてをゆるします。私のすべてをゆるしてください』」

間違ったところへ来たと確信した瞬間であった。「ゆるせ教信者の言うことを聞いていいことはない」というのが私の経験則だ。

ゆるせ教とは悪感情を抱くのをやめ、人をゆるすことで自分も相手も救われると信じる人々である。ゆるせ教の人々は自分でそれを信じるだけでなく、人をゆるすよう周囲にも熱心にすすめる。

ゆるせ教は近年スピリチュアル商売で大流行している。ドロドロした人の業にまみれてなんぼの占い稼業では、妬み嫉み憎しみは風雨と同じく自然現象のように思われている。そういった感情はときに不愉快で壊滅的ではある。しかし生きているうえで避けることの出来ないものだ。

一方西洋スピリチュアル思想において、それらはみな「ネガティブ」で「波動の低い」状態である。私は西スピ思想の出元が西洋文化の根幹をなすキリスト教にあると思っているが、西スピから派生したゆるせ教の信条はキリストの「主の祈り」にあると思う。*1

私たちの負いめをお赦しください。私たちも負いめのある人たちを赦しました。
マタイ6:12

ゆるさなかったらどうなるか。

もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。
しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。
マタイ6:14-15*2

ゆるさなかったら地獄行き。これが西洋スピリチュアリティの根っこにある。*3

先日書いたように欧米で生まれたスピリチュアル商売のベースにはキリスト教的思想がある。
U.S.版「あなたの知らない世界」に見るキリスト教思想

しかしキリスト教は霊との交信や占いを禁じており、スピリチュアル商売に厳密に当てはめるといろいろやっかいなので「それっぽいけどそれじゃない」「いいこと言ってるな」レベルの聖書っぽい言葉だけが慎重に採用され、西スピ本の随所にちりばめられている。*4

さて、主の祈りをよく読めばわかるけれど、神は人を無条件にはゆるさない。「もし人の罪を赦すなら」ゆるしてくれる、そうでなければ地獄行きである。
イエスは自分を杭につける者をゆるしてくれるよう神に祈った。しかし宗教指導者の偽善については公に糾弾してはばからなかった。

引っ立てられてきた娼婦はゆるしても、神殿で高額なマージンを取っていた両替屋はゆるさなかった。「台をひっくり返して縄で鞭を作って追い出した」と怒り心頭である。「越えちゃいけないライン、考えろよ」という乙武さんの言葉をイエスは是認するであろう。なんでもかんでもゆるすわけではないのだ。

イエスの怒りは彼の信仰と神への愛に基づいていた。何をゆるし、何をゆるさないかには人の生き方があらわれる。何もかもゆるせる人は愛する人を守ったり、悪に立ち向かったりすることは出来ない。

こうした背景を持つ西洋人は「すべてをゆるす」と言ってもゆるす必要のない場合があることを大前提として知っている。*5そういった背景を知らない日本人が、強調された部分を字義通りに受け取って蔓延させているのがゆるせ教だと私は思う。

大前提なしに輸入された西洋スピリチュアルは表面的な言葉だけが伝わり、「無条件のゆるし」は「癒し」とか「愛のエネルギー」といったある種のスピリチュアル用語のように使われている。

しかし西洋でいうところの「無条件のゆるし」はキリストの贖罪を認めるとか「復讐を神にゆだねる」*6という意味でもあり、けして「先方も悪気があったわけじゃない」とか「見方を変えれば相手も被害者だ」という意味ではない。

こういったわけで「ゆるせばうまくいく」と言う人や「すべてをゆるします」とか人に言わせたがる人に会うと「ゆるせ教の信徒か」と思って距離を置く。ゆるせ教の方には機会があったらアドバイス罪についても検索していただきたい。*7

とはいえゆるしてもらえないのは確かにきつい。人をゆるすっていいことのように思える。到底ゆるせないようなことをされて、それでもゆるすってかっこいい。人として出来ているような感じがする。いいじゃん。キリスト教とか関係ないし。と思う人もいるかもしれない。しかし「ゆるす効果」はオールマイティーなのか。

次回はそのことを書きます。

文庫サイズで押し付けがましくない。実用的。イラストもすき。
スピリチュアル系全般を「ぜったいにゆるさない」と思ってるわけじゃないのよ。

*1:仏教についてはよく知らないけど、般若信教は知ってる」という日本国民同様、教会へ足を運んだことのない西洋人も一般常識として主の祈りは知っている。

*2:ローマの手先である収税人としてユダヤ人の間で憎まれていたマタイは、自分をイエスが弟子として招いてくれたことに深く感動した。そのせいかマタイによる福音書には人をゆるすことに関する記述が四福音書の中でもずば抜けて多い。

*3:ルカ6:37 「さばいてはいけません。そうすれば自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば自分も赦されます。」など他にも赦しと復讐の放棄を教える箇所が聖書には多々ある。

*4:引き寄せ本によくある「信じて疑わなければ叶う」というのも聖書にたびたび出てくる。

*5:むしろ教会でゆるされないことの多さに音を上げた人たちが亜流の精神世界に癒しを求め、西洋スピリチュアルを形成してきたはずだ。

*6:ローマ12:19自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。…「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」

*7:そちら様へのアドバイスじゃなくお願いとして!

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